おまえのにっきだよ

25歳、メンヘラ日記

ほどく、よあけ

寝よう、寝ようと布団にもぐり、いつものようにドラマCDをBGMにして眠りにつくはずが、ドラマCDを聴き終えてしまいました。これは眠剤なしの睡眠チャレンジ失敗だなあ、と起き上がりました。今回は書きたいことがあって、できて、それはもう衝動に突き動かされているような感覚で、カタカタし始めました。

 

書きたい内容は『生きる理由』についてです。

みなさんは、考えたことがありますか?考えている途中ですか?様々な人がいると思います。理由がある人も、探している人も。

わたしは、理由を決めてしまった人間です。

生きる理由について、深く深く考えていたのは、たしか高校生の頃です。その時に考え、勝手に答えを、理由を決めてしまいました。自分の生きる理由なんだから、自分で決めても良いだろうと。それから、わたしの中の理由は変わっていません。

わたしが生きる理由は、とてもシンプルですが、

『産まれてきたから』

それだけの理由です。わたしは産まれてきて、今、生きています。今まで生きてきましたし、これからも生きる気満々です。これを打ち込んでいる今も、今日という日を生きようと思っています。明日も、明後日も、そうやって続いていくんだと思います。わたしは生に執着していきたい。だから、それが何年も何十年も続いていく予定です。そしていつか、死ぬ日が来るでしょう。動物ですしね。人間に平等に最期は訪れてくれます。だから、最期のその時まで、生きることにしました。それは理由なのか?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、わたしの生きる理由なので、理由ですと言い張ります。

死ぬ日まで、悲しいことや辛いこと、将来は見えませんし、輝いてもいませんが、事故や病気、自然災害で死ななかったら、毎日を生きてやろうと思うのです。楽しい、を忘れず、楽しいを少しでも多く自分の中に取り込んで、笑顔多めに、生きたいのです。産まれてきたから。

 

消えてしまいたいと思ったこともあります。たぶん、また考えてしまう時が来るかもしれません。パッと、いなくなる。存在自体が消えて無くなる。自分の生きていた証拠は何も残らず、誰の記憶にも残らず消えることができたらと。まあ、そんなことは現実で起こり得ることがないとわかっています。二次元じゃないですしね。わかっていても考えてしまう。考えて考えて、そうしていると、両親の顔が浮かびます。家族の顔が浮かびます。そして申し訳なくなります。消えたいと考えた自分を。産んで、育てて、心配かけて、今でも心配をかけて、生きています。そんな両親に申し訳なくなるんです。それは、もう一つの生きる理由に繋がります。

わたしにとっての最大の親不孝は、親より先に死んでしまうことだと思っています。普段中々に親孝行できない自分が、唯一できる親孝行が、両親を看取ることだと思っています。なので、今、消えたいだなんだ死ぬだなんだ言えるところにいないんだと、そう感じるので、生きます。両親を看取った後は?と聞かれれば、その時周りにいてくれる人がいるだろうから、死なないな、と。

両親がいて、家族がいて、わたしは産まれてきた。

だから、生きます。楽しくね!

 

昨日のことなんですが、

『イカしてる』

と言ってもらえたんです。わたしはその言葉が本当に嬉しくて、サイコーにハッピーになれる言葉をもらった!と、浮かれていました。

サイコーにハッピーで、イカした自分であれるように、精進するぞ!邁進するぞ!

 

さあ、もうそろそろ、夜明けも来るでしょう。

みなさん、おはようございます。