おまえのにっきだよ

28歳、メンヘラ日記

14・32・20・11・89

久々に瓶を見つめながら日記を書いている。


今晩は眠れないだろう、べつにそれでいい

どうでもいい。

久々に怒ってわたしは疲れた。

怒るのにも体力がいる、いくら軽躁になっていたとしても反動はくる。

今回色々と書き連ねて、色々な反応があった。想像と違い、批判的なものはなかった気がする。

精神病患者、その中でわたしは双極性障害のI型だ。双極性障害には、I型もあればII型もある。そのI型の中でも症状は様々で、医師でも一概にこう、と決め付けられない。個人差があるからだ。

わたしは、前から言うように、楽しいことが好きだ。Twitterだけをみたら遊び歩いてるように見えるのかもしれない。でもそれもそうだ、わたしは楽しかったことを書くんだから。過去の例を出すと、わたしは愛犬が亡くなったことを一切書かずにいました。自分の中で整理がついてなかったし、死は悲しいことだった。いつも一緒にいたので、何故今寝転がっているのに背中に一緒に寝に来るあの温度がないのか、ふとした瞬間に、思い出される記憶。それをTwitterに書く気はありませんでした。悲しいことでもあり、それはわたしだけの感覚と感情だったからです。誰かに見てほしいものでもなかった。そんなことは山ほどあります。全てをTwitterに書くでしょうか?わたしは書きません。つぶやきであって、本日の行動報告をする場所ではないからです。

スルーすればよかったのかもしれません。しかし見過ごせない言葉がありました。わたしの周りにいてくれる人間と、家族への侮辱です。家族の病気を言うことは不幸自慢になるんでしょうか?わたしはそれで同情してくれ、そして物をくれと言ったんでしょうか。

周りの方も、きちんと注意や指摘してくれる方々がいます。

生きていくために年金をもらい、両親が亡くなっても生きていけるようにと、父と話し合ったことをいちいち書かなければいけませんか?これはわたしにとって大切な話し合いであり、言葉でした。それをいちいち書かなければいけない、というルールでも強いられているんでしょうか。

140文字の言葉と、CASの30分で、人のことを分かったようにかける自信には御見逸れいたします。その上に、誰だか知らない周りの代表として。


と、この話はこの辺にして、今回のことでご心配をおかけした皆様、申し訳ありませんでした。くわえて、優しいお言葉、ありがとうございました。初めましての方も多くいらっしゃいましたが、とても嬉しかったです。


わたしは楽しく生きます。それはこれからも変わりません。人の人生にケチつける暇があるなら自分の人生を充実させてください。

楽しく笑顔多めに。精神障害者だからと言って、引け目を感じず、生きましょう。