おまえのにっきだよ

25歳、メンヘラ日記

方向音痴のススメ

かけっこで負けようが、テストの点数で負けようが、平気な子供だった。競争して、勝って、やった!!と、薄く感じることしかできなかった。かけっこで自分の方が遅くても、ああ、相手の方が早かったんだなあ〜早く走るって難しいよなあ〜なんて思っていました。きっと、幼少の頃から、自分と他人とを比べることをあまりしてこなかったのは、根本的にそんな幼少期にもあるんだと思います。自分と他人を比べるのなら、わたしは自分と自分を比べていました。自分が納得できたか、自分自身が褒められる出来だったのか。いわゆる自己肯定の優先順位が強かった。自分が納得できなかったら、納得できるまでやりました。自分が納得できたらそれでよかったので、自分が納得したものを親に見せる、ような状態でした。それですごく褒められなくとも、すごいね。と一言言ってもらえれば他者からの肯定も得られ、とても満足していました。

メンヘラ.jp、褒めてくれる方々がいてくださいます。感謝の前に、褒められてる!?と、とても驚くんです。自分はそれは納得していたけれど、人からそんなにも褒められるようなことをしたか!?と、混乱して挙動不審になるくらいには、褒められ慣れていません。

 

そんな風に、自己肯定感があり、家族からも肯定してもらえていた自分が、今、双極性障害になっているという、この現実が小学生、中学生の頃想像していた、所謂普通の未来と違うことに、時々何が起きたんだろうか?なんだろうこのズレは、と考えることがあります。まっすぐ進んでいたつもりが、いつの間にやらカーブして、脇道に逸れたことに気づかずまっすぐ歩いていました。景色が違うことに気づいた時にはもう後ろに道はなく、この道を進んでいくことを決めなければなりませんでした。それでも、楽天的なわたしは、なんとかなるだろう!ケ・セラ・セラ!と、今も予定外だった道を歩いています。この道でも、楽しいことも、腹が立つことも、悲しいこともあります。それは、進むはずだった道と変わらないと思うので、だったら楽しいを見つけてゆったり、自分のペースで歩いていこうと決めました。たまに立ち止まり、進めなくなることもあります。それでも、気付けばまた、のんびり歩いている自分がいます。そこに競争はなく、自分だけがいて、自分だけのYESを決めて、自分に勝ったなと進んでいます。

これからどうなるかは、当然わかりません。

それでいいじゃあないかと思うんです。そうじゃなくちゃつまらないだろうから、わからないままで、笑いつつ、時には恐がりつつ、今日もカーブの先の道を歩いています。

んー!今日も暑い!