おまえのにっきだよ

27歳、メンヘラ日記

何度も幾多の夜を

気付けば12月も終わりそうで、ああ、今月外に出られなかった。と、ぼんやりと考えています。お外に出ることに恐怖感を感じるようになり、準備を終わらせ、あとは外に出るだけというところで、震えがやってきて、こわい、こわいと泣き出すほどに、今月はこもっていました。今も考えるだけで脈拍が上がり、パニックを起こし始めるのを、年明けまでにはなんとかしないと、と思っています。


来年の抱負はどうしようか、と考えてみて、やっぱり生きることだなあ、と思っているところです。毎日楽しく生きていくために、出来ることをやって行こうと思います。


メンヘラ.jpで記事を書き、Twitterを使った方がいいとアドバイスされ、それと同時に作ったほしい物リスト。くれくれいってた時、注意をしてくれる人がいて、気をつけるようになりました。それでも、今でも贈ってくれる方々がいます。それをTwitterに載せられないのがとても悲しい。強要されたわけでなく、好意で贈ってくれた人に失礼で、自分だけで満足するのは辛い。存じ上げている方ならば、感謝を伝えられるけれど、誰かわからないと、とてもありがたかったことや嬉しかったことを伝えられない。だから今までわたしはTwitterで、匿名で感謝しようと思っていました。それすら、見知らぬ人にごちゃごちゃ言われてしまう。それは贈ってくれた人にも失礼で、正論ぶって語られる批判の文字を理解することができません。


手帳が1級がことにも言及がありました。一緒に住んでいるわけでもないのに何がわかるんだ、と思ってしまいますし、「1級がいいです!」と自ら行ったわけでもありません。


精神障害者は、楽しく、できるだけ楽しく過ごせるようにしてはいけないのでしょうか?働けると断言されたこともありましたね。Twitterの文字なんてもの、CASの声色なんてものは、体調が悪くてもまるで普通ですよ、といったように振る舞えます。実際、リアルでもそう振る舞ってきました。マイナスの言葉は伝染していきます、わたしはそんなことにはなって欲しくはありません。出来るだけ、辛い中でも楽しいことを見つけて日常を過ごしていたいです。それが悪いでしょうか?精神病患者は精神患者らしく、楽しいこともなく、辛い毎日を送ればいいのでしょうか?自分がいくら辛いからといって、それはおかしくないでしょかでしょうか?同じくらい苦しめと、そういうことでしょうか。わたしの苦痛も全く知らないにもかかわらず。


甘え、わたしは甘えて12月一歩も外に出られなかったんでしょうか。妬みや嫉みで他人をこき下ろし、皆がそう思っているといえる方に疑問符が浮かびます。皆んなといいながら、匿名で。


皆さん、冬季うつで辛い日々が続くかと思います。でも、少しでも楽しいことを探してみてください。なんでもいいから。


以上