おまえのにっきだよ

25歳、メンヘラ日記

タール6mg

やる気の問題なのか、抑うつなのか、やりたいと思うことに集中できず、叫びだしたくなる今日この頃。ここ最近ずっと続いているのですが、少し書いては頭の中がごちゃごちゃになり、一向に進まない。回避方法は一応あるのですが、お金がないため実行できません。

心臓を鷲掴みにされたような圧迫感が続き、きっかけがあれば泣いてしまいそうな、そんな気持ちで満ちている。

衝動がチラつき、実行した先が頭の中で流れる。空想なら鉄パイプだって登場させられる。切れ味のいいナイフだって登場させられる。

 

Twitterに書いたけれど、わたしは殺されるくらいなら躊躇いなく殺すほど、生きたい。相手の方が価値のある人生とか、そんなことは何も考えず、自分が生きるために殺す。もたもたしていたら殺されてしまう。それは困る。わたしは生きていたいから。

わたしはメンヘラのくせに死にたいと言う言葉が嫌いです。拒否反応なのかもしれない。ボンヤリとしか意味がわかっていない頃に、数え切れないほど聞いたから、言いたくない。言われた方の無力感を思い出して絶対に言いたくない。言った本人は忘れてしまっていたけれど、わたしのなかからは消えてはくれない。

なのに人間は歳を重ねるほど、つらくなったらつらいではなく死にたいという。当時できなかった、どうやって死ぬかという具体的方法を聞きたくなる。遺書はちゃんと書いた?と、聞きたくなる。別に追い詰めたいわけではなく、なぜ思考が死に向かうのかわからないから質問したくなる。全部放り出して逃げ出したい!と言われた方が納得できてしまう。それほどにわたしの中の死にたいは重く、重く重く、死にたいという人と同じくらいに、それを言われた近しい人間の無力さを知っている。だから死にたいという言葉は嫌いだ。

死にたいという言葉の前には、どんな言葉も無力で、自分の役立たずっぷりに無力さと、悲しさと、暗闇が押し寄せる。それでもわたしは笑顔でいた。笑わなくてはと思っていた。その頃は泣けなくなっていて、涙腺が壊れていたように思う。役立たずのわたしの勘違いは、強くなろうとした結果、泣かないことに繋がってしまった。笑顔で守らなくてはいけないと、強く思い込んでしまった。つらいときは、悲しいときは、泣いてもいいんだと気づくまでに5、6年かかってしまった。

だからみなさん、つらい時や悲しい時に、ちゃんと泣きましょうね。そんな状態の時に笑顔じゃなくてもいいんです。我慢なんてしなくていいんです。

死にたいでなく、逃げ出したい、放り出してしまいたい、知り合いのいないところに行きたい、ひたすら自室にこもりたい、など、死にたいじゃなくても日本語はたくさんあるから、死にたいでまとめなくてもいいんじゃないかな。

 

そんなわたしは今やる気が欲しいです。

メランコリーに負けないやる気が。

 

以上