おまえのにっきだよ

25歳、メンヘラ日記

思えば城になり

今日はメランコリーな日記を書こう。


今日は起きた時から憂鬱だった。外はどんよりとした雲で覆われていて、今にも雨が降ってきそうだった。こういう時はだいたい気圧が良くない。アプリを見てみたら、爆弾マークが付いていた。この爆弾マークはときメモと違って消えないらしいので、天気への好感度をあげても意味がない。


どんよりとした気持ちがぐるぐるしている。理由や原因はわからない、突然やってきたから、いつ去ってくれるのかもわからない。

集中力が続かないから、やりたいことが進まない。ので、気持ちだけ焦る。

憂鬱と焦りを混ぜたミックスジュースは多分草の味とかするんだと思う。飲めなくは…ない、けれどまずい、自分からは飲みたくない。みたいな、そんな感じだ。


わたしは憂鬱な時、考えれば考えるほど、頭の中が物騒な方向へ傾いていく。暴力的な思想がとつぜんじわじわと湧き上がってくる。

思考が死にたいに向かっていかないのは、今はまだ死ねないと強く思っているからです。親孝行のできない、脛齧りの娘の小さな親孝行は、両親より先に死なないことです。両親より先に死を選ぶほど、死は魅力的ではない。と、わたしは思っている。これ以上ない悲しみを、親にぶつける真似なんて、怖くてできない。それは死ぬことよりも怖い。とてつもなく大きな恐怖。

だから、わたしは今死にませんし、死のうと思うことができません。

こんなわたしですが、両親だけは唯一尊敬していて、父の背中は広くて、母の両腕は暖かくて。こんな風になれたらと憧れるけれど、自分じゃなれない。すごいな、と思う人はたくさんこの世の中にいるけれど、それもやっぱり両親には勝てないほどに、わたしの中での両親の存在は大きい。

ついふぃにも書いたように、わたしはファザコンザコンブラコンなんです。

確かに家族じゃなかったら絶対許さないぞ?と憤慨することもたまにはありますが、ひきこもり歴の長いわたしには、家族が本当に大切で、唯一誇れる存在なんじゃないかと思っている。


それなのに迷惑をかけてばかりの自分、矛盾、現実。

が、そこにあって。そんなことを考えるたびに迷子になって泣いていた子供の頃を思い出す。こうしてマイナスにマイナスにの連想ゲームがスタートしてしまう。終わりのない連想ゲーム。一人で行う連想ゲーム。次々に思い浮かんでくる、現在や過去や未来、想像の中なら自由で、わたしの答えが絶対だから終わらない。


だから、今日も強制終了をさせようと思います。眠剤はきっとこのためにある。

ではみなさん、おやすみなさい。


PS.最近夢と現実がごっちゃになることがあります。リアルすぎる、ただの日常を夢でおおくりするのはやめてね、おまえさん。もっと自分が自分でないような、そんな夢をみせてください。いい夢は、特にはのぞまないので。